「過食しちゃった…」と後悔。その食事量、本当に過食ですか??




摂食障害=身体が頭に支配された病気







摂食障害になりやすいのは
「自分はこうあるべきだ」という「あるべき自己」に向かって
強力に自己コントロールを行うタイプ
の人です。
意外に思われるかもしれませんが、、
この摂食障害たちに共通して見られる特徴は、
自己コントロール力の強さです。
















「奈未の過食は皆のおやつ程度だよ。大丈夫。」
「俺は奈未が食べてくれるのが本当に嬉しいよ」


私は食べた自分を責めることしかできませんが
旦那さんは食べた私に感謝してくれるのです。
「食べてくれてありがと」と言ってくれます。


食べる=太る=醜い
食べる=私の価値がなくなる


こういう私の先入観を取っ払ってくれたのも彼でした。


今では当時のことを笑い話にできます。
「今」を大事に生きてます。「普通」であることに感謝してます。


上記は、たまに過食衝動(といっても他の人の一般食の量なのかもしれませんが)に
襲われるものの、概ね、摂食障害を克服した女性(32歳・既婚・病歴5年)の
書き込みの抜粋です。
この克服者の語りから示唆されるであろうエッセンスを
3つ、抽出してみたいと思います。














◇頭の暴走から解放されよ!!!




■食べることへの意味づけの変化



彼女が文中に綴っているように
「食べること=自分にとって良くない」という
認知の変化が食べ物を受け容れるきっかけになっている。
もちろん、
「食べると喜んでくれる。
 自分が生きようとすることを心から望んでくれている」
という愛情による精神的な生きるエネルギーが補充されたことも好影響を
及ぼしているでしょう。
ただ、やはり、食べることへの意味づけが変わり、
「食べること=自分の人生にとって良い影響」という
認知を獲得できると、
本来は人間は食欲という3大欲求も持つ生き物なので
食べ物との距離感も徐々に縮まり関係も友好的なものとなっていくのだろう。




■許容量は正しい?



頭の中にある胃袋と食べて良い量は、あくまで頭の中にある”認識”であって
身体の”感覚”とは全く別物。
それなのに、たとえ身体が食べることに喜びを感じていても
頭の中にある許容量に従って食べて良いのかどうかが決まってしまって、
身体が本当に求めている栄養とエネルギーはいつも得られず枯渇しているケースが多いのではないだろうか?
そして、枯渇しているから、「摂取してくれ!」という身体からのサインも
頭が「過食衝動は許さん!」って”生きる力”をハネつける。


こうした、頭からの支配を受け続けていては
完治への道のりは遠のくばかり、だ。












メメント・モリ


今を生きろ!時間は有限だぞ!!
愛する人との時間を大事にしろ!!!!
自分を特別だと思うな!普通で入れることの喜びを思い出せ!!




(もしも、誰かの助けも得られない場合には、
 乗り越えていくには、やっぱりかなりシンどい状況になるのかなぁと思う。
 心通わせる誰かとの出会いが症状の寛解を生むのなら、
 1人であると、辿り着くのは労力と時間も倍以上にかかることになってしまうのかも)
















摂食障害者としての警告・提言




■身体は欲望(痩せてモテる自分になりたい)を満たすための道具??



・自分をコントロールしようとした報い



摂食障害の患者は身体を、精神的満足を得るための手段として
みなしていました。
しかし身体は精神が命ずることに従うだけのシステムなのでしょうか。
身体もまた、生きる主体として存在しているのではないでしょうか。
身体は決して精神に従属するものではありません。


身体を支配しようとした精神が
身体から手痛いしっぺ返しに遭っているのが摂食障害です。




■あるべき自分という幻想


摂食障害と言う「自分がどう見られるか?」という事への過剰な意識が
集約した疾患をに苦しむ方たちに限らず、
私たちの多くも「あるべき自分」の幻想に大なり小なり捉われているものです。
知らず知らずのうちに
「実際の自分」は怠惰で邪魔なものであって
「あるべき自分」に向けて自分自身を律して鍛え上げていくべきである、
という人間観を根本のところで刷り込まれてしまっていることが多いのです。


「なりたい自分」「理想の自分」には
とんでもない副作用がある。
いったんそれにとりつかれると
それ以外の人生が無意味に見えたり、
その果てに自分で自分に「ダメ」と烙印を押すことに


結局、いつもこう”しなければ”って頭ばっかりで
こう”したい”っていう自分の心が置き去りになる。
その結果、あらゆることに関して人の評価が気になって
さらに自分の心を無視するようになってしまう。



自傷行為過食症の問題が近年急増してきていることは
自然な人間のあり方を認めず、
「あるべき姿」に向けて捻じ曲げようとしている現代人への
警告とも捕らえることができるのではないでしょうか。