「親密さ」剥奪の帰結としての摂食障害

アディクションとは自己と他(モノ、人間、出来事)との関係が正しく持てない障害でもあります。
そして、ネグレクトもまた、自己と他(親)との関係の障害なのです。



ネグレクトされて育った人は成長するとともにアディクションの誘惑にはまりやすくなります。
つまり、強烈な出来事、強烈な印象を持つ物質に依存するようになる。

なぜなら、それらの出来事や人物や物質が、親が埋めてくれなかった心の空洞を埋めてくれるような気がするからです。

(「やめられない心」依存症の正体 クレイグ・ナッケン 講談社)より













◇「心の成長」よりも「能力アップ」という非効率


境界性パーソナリティ障害や依存症、摂食障害の要因のひとつとして、
親子関係の問題や幼年期の養育がかかわっているのではないかということが、
かなり以前から言われ続けてきた。



摂食障害でも、不安定な愛着スタイルを示す人が高い割合を占め、
ことに自己誘発性嘔吐を伴う拒食症や重症度の高いケースでは、その傾向がより強い。



しかし、例外とは言い切れないケースにおける摂食障害がそうであるように、
幼い頃の養育環境の問題と言っても、虐待やネグレクトとは無縁なケースも多い。


むしろ、手塩にかけて育ててきたのに、
深刻な問題が生じているというケースが少なくない。
実際、BPDや摂食障害の患者の母親には、
むしろ真面目で教育熱心な人も多く、養育環境の問題と言っても、
まったく心当たりが無いと言う反応が返ってくることも多い。



なぜだろうか。
もしかしたら、「愛着」や「親密さ」など、心の成長や子供との親密さを育てることよりも、
子供の能力(勉強、運動能力、言語能力)を早く会得させてあげたいという(間違った)親側の接し方に
問題があるのかもしれない。














愛着問題と摂食障害オキシトシン



オキシトシンは食欲をコントロールする働きもあり、
オキシトシンの低下は、過食や拒食を生じやすくなると考えられる。




摂食障害、ことに拒食症では
オキシトシンバソプレシン系の異常が報告されている。

拒食症の女性患者では、脳脊髄液中のオキシトシンレベルが低下し、
逆にバソプレシンレベルが上昇していた。












オキシトシン


オキシトシンには、子宮収縮と乳汁を分泌する作用があります。
授乳期の乳児の乳頭吸引刺激によって分泌が増加し
射乳を起こします。
また、分娩時には、胎児の産道通過が刺激となって
オキシトシンの分泌が増し、子宮平滑筋の収縮が高まります。
若い女性などでは
無理なダイエットや拒食症が原因で
ホルモン低下に陥ることもあります。

こちらはカロリー不足によって視床下部が機能しなくなり、
下垂体ホルモンの分泌も低下します。



オキシトシン受容体自体がなくなってしまうと、いくらオキシトシンバソプレシンがあっても、
その効果は生まれなくなったのである。








■早期の体験が受容体を左右する



子供時代に虐待を受けた女性では
脳脊髄液中のオキシトシン濃度が顕著に低下している。



もうひとつ重要なのは、反復行動との関係である。
オキシトシンの作用が低下すると、反復行動が増加するのである。


食べては、吐いて。
こういう意味の無い反復を繰り返さざるを得なくなるのは
オキシトシンが足りていないから、七日も知れない。








■早期の体験が受容体を左右する



オキシトシンは、心の理論や共感性の働きを高め、発達を促すと考えられる。
愛されることは、社会性の根幹とも言うべき心の理論の働きや発達を、生理的なレベルでも助けているのである。


逆に言えば、親から離されたり、愛されなかったりした子供は、
心の理論の発達にも支障を来たしやすくなると言うことだ。



親と短期間離れることさえ、受容体の減少という形で
成長後にまで影響が及んでいたのだが、逆に、親からよくよく世話をされて育った子供では
オキシトシン受容体の数が増えることもわかっている。





オキシトシンは依存が進むのを防ぐ働きがある。逆も然り…



オキシトシンの有無が、うつや不安障害に関わっていることもわかってきた。
たとえば、うつ病の人では、症状が強い人ほど血漿中のオキシトシン濃度が低下していることが報告された。


また、オキシトシン受容体の遺伝子変異がうつや不安障害のリスクを高めることも知られている。





それ以外にも、強迫性障害心的外傷後ストレス障害でも、
オキシトシン系の異常が報告されている。



虐待やネグレクトを受ければ、オキシトシン受容体が扁桃体や即座核で増加せず、
ネガティブな感情が強まり、喜びを感じにくく、過敏で不安が強く、情同行為が多い体質になってしまうが、
生まれつきオキシトシン受容体の遺伝子に変異があることによっても、
対人関係に悦びよりも不安を感じ、孤独や情同行動を好む体質になりえる。












■心より能力を優先させたことの報い


オキシトシンの共感性を高める効果は、
気持ちで感じる情緒的共感性に対してのみ、みられ、
頭で理解する認知的共感性を高めるわけではないことも明らかとなっている。

















■自己愛的ライフスタイルの隆盛


一旦、愛着システムの変容が起きると、他者のために生きることは喜びをもたらさず、
自分のために生きることでしか本当の満足を味わえない。
自己実現の追及こそが価値であり、
真の生きがいとなる。


そのためには、時間やエネルギーを、できれば自分のために使いたい、
我が子といえども、時間を奪われすぎることは、煩わしく、邪魔物に感じられる。


子育てという本来最も重要な行為よりも、
自己実現や自己の快楽追求が優先されるようになる。







■子供の健康的な成長を(故意に)阻むこと≒虐待


身体的な虐待であれ、精神的、性的、または言葉による虐待であれ、
そういうことが起きる家庭で育った子供は、ひとことでいえば
親から「子供のニーズはどうでも良い。親のニーズが優先だ」といわれているのと同じです。


つまり、そういう子供は、守られ、愛され、はぐくまれ、人間として扱われるという、子供が育つときに
最も必要としているニーズが脇に押しやられて満たされないまま育つことになります。


そして、どのようなタイプの虐待であっても、親のニーズが常に優先され、
子供は親のニーズを満たすための対象物にされます。




こうして子供は、アディクションに見られる対象化(人間や物を、自分の欲求を満たすための対象にすること)の
過程を推し得られる事になります。












◎考察


親の無念を子供で晴らそうとすることが
 子供に強烈な親密さ、自分の気分を高めてくれる何かを求める、つまり、
 オキシトシン分泌の欠如を与えているのかもしれない。














おまけ




■治療薬としての可能性と限界


オキシトシンは、覚せい剤依存や、それ以外の麻薬性薬物依存の治療に効果があることが知られ、
大変注目されている。



オキシトシンの欠乏が問題を起こしているのならば、
オキシトシンを補充する治療を行えば、状態を改善できるのではないか。

そうした考えが登場するのは当然の流れである。



オキシトシンは、血液脳関門を通りにくいため、
末梢血管に投与しても、脳に移行しにくいという難点があった。


しかし、オキシトシン点鼻薬が開発され、簡単に投与することが出来るばかりか
脳への移行も可能になった。










しかし、それらの薬剤同様、オキシトシンは奇跡の治療薬ではない。
それだけでは、決して愛情不足の代わりになることも、長い年月かけて生じた脳内の受容体の分布を変えることも出来ない。







参考文献



「やめられない心」依存症の正体

「やめられない心」依存症の正体

愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち (角川選書)

愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち (角川選書)