DVの中で見つける希望







「希望は素晴らしいものだよ」

or

「希望は人生を破滅させる」



which takes?














人間はどんな状況でも”希望”を見出さずにはいられない


奥さんは、夫の暴力に虐げられている間、いつか誰かが助けてくれる、きっと子ども達と幸せに暮らせる日が来る、
そんな希望を胸に秘めてずっと生きてきたのね。
その希望だけが生きがいで心の支えだった。

離婚が成立し、夫と別れられたら、その希望は叶えられる。
でもね、叶えられるってことは、希望を失ってしまうことでもある。
つまり、今までと同じように希望を持ち続けるためには、暴力夫から離れるわけにはいかないのよ。

DVというのはそこまで人の心を歪めてしまうものなんだって痛感した。

(手のひらの砂場 唯川恵 集英社





例②DV=夫の暴力に耐えてきた田上由香里さん


■病気と言われてしまうと、割り切れない


彼女は長い間、夫の暴力に耐えて生活してきた。

それは辛い生活であったかもしれないが
自分で選んだ結婚であり、二人の子供を生み育て築き上げてきた時間である。

彼女の人生であり、生きる場所でもあったのだ。

それをいきなり「DV」と言われて、
全てを否定されてしまったような気がする。


暴力に耐えなければならない理由も自分で見つけてきた。


たとえば、自分が妻としてもっとしっかりできれば夫も穏やかになるかもしれない。
子どもがもう少し大きくなれば夫も優しくなるだろう。
あるいは、夫の仕事がもう少し落ち着いてくれれば暴力もおさまるだろう。
二人目が生まれれば家も賑やかになるから…などである。


そう自分に言い聞かせ、自分を抑えて生きてきたことこそが辛かったはずである。

そこで急に「ご主人は病気だから治しましょう」と言われてもどう答えていいか分からない。

それが由香里さんの正直な気持ちであろう。



由香里さんは長い間、痛みに耐えてきたのだ。


胸にはナイフが刺さっている。痛みは消えない。
しかし、ここでももしナイフを抜いてしまったら、
もっと痛みがひどくなるだろうし、一気に大量の血が噴出して死んでしまうかもしれない。
そんなことをするよりも、今はこのまま耐えていたほうが少しましなのである。それを彼女は知っている。

(生まれ変わる心―カウンセリングの現場で起こること 高橋 和巳 筑摩書房








手のひらの砂漠

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